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今日
すこしばかり油断しておりましたら
右足のウラを蚊に刺されまして
他の皮膚より多少は分厚い足の裏のそれに
おそらく蚊の奴は懸命に刺したのでしょう
めちゃくちゃ痒かったのです。
めっちゃくちゃのめちゃくちゃです。
その蚊には悪いのですが
猟奇的に
やっつけました。
はぁはぁという荒い息が残りました。
それほどに猟奇的かつ狂気的だったのでしょう。
***
そいでから、今日は私の父が遊びに来まして
4人で食事に行きました。
私は、私の父と私の息子がじゃれるのを見るのがすごく好きです。
私を挟んだ、世代、血のつながり。
とっても嬉しくなります。
とともにとっても勉強にもなります。
やはり、長年私の面倒を見てきた父なだけあって
私よりか当然子供の扱いがうまいのですよね。
私もそんな父になりたい。
***
最近凄く眠気に襲われます。
疲れているのでしょうか
それともアルコールの摂りすぎでしょうか。
週に一日は休肝日を設けているのですよ。それでも?
ま、いいや
生きてますしね。
病気でもないですが(いやビョウキかな俺)
何かを書きたくて仕方が無い衝動。
お金になるわけでもないのに。書きたい。
ああ、この感覚。いつもこの感覚に包まれていられれば。
しがらみも仕事も悩みも
全て忘れて。
*
静かに。しぃー。
もっと聴かせてくれ。
静かに、しぃー。
この時間が流れていく音を
詩が自分の周りを取り囲んで
ゆっくりと体に浸透していく音を
もっと聴かせてくれ。
体中で呼吸するように
優しい温度のそれらは。
目に見えるものがどれだけ嘘っぱちであるかが解かるのです 今は
今両肩を抱くように私を包んで
肺から胃へ、そして両の手の指先、火照る
静かに、静かに、静かに。しぃー。
月の中心というのは
結構冷たいんだと思う
君は月の陰を見たか。
太陽は本当は
ただ静かにたたずんでいたいだけなのかもしれない
静かで冷たい核を潜めて
君は月の陰を見たか。
たとえ美しく満ちたように見えても
その裏側を月は私たちには見せようとはしない
アポロは見てはいけないものを見たのだ
あの時月は微かに怯えて萎縮した
昨日の三日月の
美しき陰を君は見たか。
宇宙に空気があると
心のどこかで密かに信じてはいまいな
美しき陰とは
美しき孤独の異名なんだよ
きっと月の中心には
冷たい宝石が静かに眠っている
静かに、静かに、静かに。
しぃー。
*
即興、実況中継を送りいたしました。
呑みながらだったのに
書き終えたら酔いがさめました。さてもう一杯。
*
今PCの右下の時計が22:22でした。
例えば、同じ数字がアタマからケツまで並ぶ瞬間って何回あるんでしょうね。
西暦2222年2月22日22時22分22秒22とか。
多分そういう時って、何かがフラッシュするか、地球の核がくしゃみとかするんでしょうね。
いや、しないか。人間ごときが縛った時間のアヤなんてなんでもないですね。
「何月何日何時何分何秒地球が何回まわったときー?」
「地球の回転のスタート地点、教えてよ、じゃあ。」
***
優しいってのは
人を憂うって書くんよね。
乾杯
誰のために書くのか。
でもちゃっかりコメント欄は設置してある。
言いたい事は勝手に書いてねという意識と、コメントが無いときの焦燥そしてある種の安堵。
*
カラオケが好きだというのは以前書いた気がしますが
歌が上手な方と一緒に行くカラオケはまた良いものです。
しかし、カラオケ用の歌い方をする方とはあまりご一緒したくはないですね。
大して声も出さず(マイク音量がでかすぎる)口先だけで歌う。
あなた、それは歌ではなくマスターベーションですよ。
ちなみにタイトル後半「体は怪しげなイオンに包まれ」は
奥田民生さんのファンならご存知の「イオン」by奥田民生の歌詞の一部です。
今の僕の周りと心の微妙なもやもやを表すのに適していると思って引用。(著作権対策)
カラオケの十八番でもあります。
どなたかカラオケ行きましょうよ。そこのあなた。今度。一生懸命歌いますよ僕
*
命について
去年の今頃、奥さんと息子が縁日で金魚を3匹もらってきました。
翌日金魚蜂などを揃えて、命名の儀を。
体の大きさが丁度3通りの金魚たちに僕たち家族が一匹ずつ命名。
一番小さいのは「キンギョー」
息子に「名前何がいい?」と聞くと「うーん、キンギョー!」と言ったので即決。
真ん中のは「サニー」
奥さんが命名。
一番大きなのは「ボス」
僕が命名。
さて名前が決まったのは良かったのですが、ちゃんと金魚の飼い方を知っていなかった我が家。
なんと可哀相な事に3匹中2匹が1週間ほどで息を引き取ってしまいました。
体が小さい順にキンギョーとサニーが。
ごめんな、といって近所の公園の木の根元に返してきました。
残りの一匹「ボス」は順調に暮らしていました。
玄関のすぐ近くに鉢を置いていたので、出かけるときにはコンコンと突付いてエサをあげ
帰宅したら「おーいただいまー」と声をかけてコンコン。
エアポンプの先から出る泡の周りを泳いでくぐったり、遊んでいる姿も見せてくれました。
口に指先が触れるのではないかという距離でエサをあげていました。
勝手にオスだと思っていたボスは卵を産みました。でも一匹だから孵りません。すごく残念でした。
エアポンプのうなる音とポコポコという音は、我が家のBGM でした。
けどこないだエアポンプを止めました。
1年一緒に暮らしたボスのことを奥さんと話しました。
「今度はどこで会えるやろうなあ」
「そうやねえ」
8月の中ごろ、奥さんがカブトムシを貰ってきました。それもまた3匹です。
大きなオス、小さなオス、そして小さなメス。
即刻命名の儀です。
それぞれ僕、奥さん、息子が命名。
ドン、風(ふう)、イリイちゃんとなりました。
ちなみにドンは首領と書いて読ませるドンではなく
ドンキホーテのドンです。
最初にサンチョにしようかなといったら奥さんに「それはない。」とキッパリ言われてしまったので
サンチョパンサ→ドンキホーテ→ドンと決まったのです。
暴れん坊でマヌケでおかしな体制で眠るドン
あわてんぼうで抜け目が無くて無謀な風
静かなイリイちゃん。
夏が終わりに向かってきた先日、やはり体の小さい2匹は次第に弱り、動かなくなりました。
ドンだけが残っている飼育ケースの土を少し調べてみると
なんと、幼虫。
「どっちの子やろうなあ」
「よかったなあ、(いのちが)つながって」
*
そう、命はいままで切れ目無く
繋いでもらってきたんですよね。46億年。
*
全てのものは必ず老いていき、体は動かなくなる。
「老い」の無い生き物もいるらしいでしょうけど、すこし次元が違う話です。
今だけが楽しければよいと考える人は
すなわち「今」がずっと続くと、心のどこかで考えておられるのでしょうか。
非常識さを恥じようともせずに改めない。
30歳近くにもなってフリーターだと堂々と言う。
タトゥーを入れる。
年齢に応じて肌は垂れたりシワを作っていく。それに伴ってタトゥーはより醜くなる。
そもそもタトゥーの日本における存在する意義と理由がわからない。
*
今が楽しければという人の目は、すさんでいて、すぐにわかる。
*
野菜を美味しく食べれる人はその人生において得をしています。
*
(あれ、語録みたいになってる)
人生の重さと温度は、その人の語録、その言葉の重みと温もりにそのまま表れます。
*
若年寄が偉そうに言っとんちゃうぞ、言う話なんですけど。
誰のためでもなく。
ことばには凄い力がある
っていうのは誰しもが言ってるし、誰しもが聴いた事あることば
ですよね。
なのにわかってないのが多いん
ですよね。
ですよねー。
ことばに関わったり
言葉を探したりするようになって幾年か。
そのことに最近気付き始めたん
ですよ
いや、どっかでは気付いてたんでしょうけど
本当に大事だな。自分の言葉。とか思ってます
9月9日。
僕は自分の家族の事は
奥さん
息子
と表記したり話したりしています。
時々息子のことを「チビちゃん」と言ったりもしますが、稀です。
家内、家にずっといる人じゃないからピンとこない。
嫁、お嫁に来てもらった感じじゃないからなんか違う。
だから、奥さんが一番しっくりきます。僕の奥さん。
逆に僕は奥さんが他人に僕のことを現すときに
ダンナ
というのを止めて貰ってます。
なんか厭だから。
僕は「うちのひと」くらいでいいと思ってるんですけど、奥さんはダーリンとか主人とかで使い分けてるみたいです。
ことばことば。
だいじなことば。
ありがとう、ごめんなさい。
おはよう、おやすみ。
こんにちは。
いただきます、ごちそうさまでした。
いってきます、いってらっしゃい、ただいま、おかえり。
ひとりでご飯食べるとき、いただきますとかごちそうさまを忘れてハッとしてしまいます。
いかんいかん。
現代の若い世代においてのことばの氾濫は、すごくつらいですね。
本来日本語は、たて読みの文化。縦書きブログは最近ようやっと出てきたところ。
横書きの文化に侵されている(その感覚すら麻痺している)。
個性というのは、文字の装飾や絵文字とかで創るものではなく、自分らしい文面によってにじみ出てくるもの。
言葉でも同じですよね。
やれ偉そうな評論をつらつら口から垂れ流すような頭でっかちは
「なんでボクたちは生まれてきたの?」という質問をあざ笑うし。
メディアが面白がって文化をほとんど分解、解体、破壊していく。
ああ、またいつものように言いたい事がぐちゃぐちゃと。
いっつも僕の中には
今の時代への
不安、不満、焦燥、絶望。
大丈夫かな。大丈夫かな。そればっかりなんです。
電車の中で大声で笑いながら「お前シね!」
大丈夫かな。
子供が母親に「ママここあいてるで!はやくはやく!」
大丈夫かな。
押入れの中に赤ちゃんの遺体発見
大丈夫かな。
容疑者の印象は?「おとなしい普通の人です」
大丈夫かな。
オトナの真似をしてタバコを吸う中高生。ポイ捨ても真似
不安や
ゲームセンターにベビーカー押して入る両親。
ああ、赤ちゃんの耳と鼻を塞いであげたい。大丈夫かな。
温暖化でクールビズがはやってるから古いスーツはもういらない。捨てて燃やす。
大丈夫かな。
殺戮ネトゲ。
わかってるのかな。
もう言い出したらきりが無いです。
ああ。
僕は僕が詩人になりたいと思っていることに安堵しています。
僕はなんとか言葉の大切さを追おうとしている。
もっともっと言葉や声のチカラをつけて
もっともっと多くの人の心に問いかけたいです。
それがもしかしたら
僕の原点なのかもしれません。
*********ここからは自問自答、及び詩の考察です***********
詩の言葉ってすんごく難しい。
人は他人との共通項を見つけて喜ぶけど
詩の言葉は普遍的ではつまらない。
たとえ言葉が普遍的でも
文脈をなんとか工夫したりして
人に刺激を与えていかないとその人の詩人たる存在価値が薄れてしまう。
僕は言葉に、また言葉の並びや流れや奥底の心理に、少し人より敏感みたいで
その文章を書くに至った流れや、どの文脈や言葉を「飾った」り「カッコつけた」り「悩んだ」かが見える。
気がする。
勿論文章だけじゃなく、声にも同じことを見出せる。
それが僕の、言葉選びの感受性のゆえんだったり、僕が詩人でありたいと思う根っこなんだろうなと思います。
****************************************
こないだ日系3世のアメリカ人監督さんの作品「ヒロシマ・ナガサキ(うろ覚え)」のことがニュースでやっていて
親子連れでインタビューに応えてらっしゃるVTRが流された。
たしか上映が8月9日だったので、お父さんが息子さんに見せたくて連れてきたっていう親子さん。
息子さんがインタビュアの「どうだった?」という質問に
「すごく痛そうだった。すごく辛そうだった」と応えていた。
スタジオのコメンテータはそのVTRを見て
「『痛そうだった』とかじゃなくて、本当の悲惨さとかをちゃんと教えてほしい」みたいな発言をしていた。
それを見て茶の間の僕は
「何を言うとんねんこいつは!」
と思わず叫んだ。
僕はその息子さんの言葉に、すごく胸を熱くしていたからだ。そのことばの奥底にはちゃんと、戦争はアカンことなんやなという気持ちが見えたから。小学生で、表情が神妙プラステレビカメラに撮られてる恥ずかしさですこし浮ついているようだったけど。僕にはちゃんと感じられた。
ああ、余談過ぎましたね
またこういう言葉に関することは沢山書いていきます。
本当に大事な事だから。
詩のボクシング奈良大会行ってきました。
先ほどmixiの方に長文で所感を書いたので、若干疲れており、こちらには書く気がしません。
だっはっは。
どうしましょ。コピペ?
僕、お会いした事ある方しかマイミク承認しないようなチキンなんで・・・・・・
お会いした事ある方はマイミク申請下さい。
疲れちゃいました♪
ただ、こちらのブログがお好きなかたにも特典を。
詩のボクシング第1回戦第6試合で僕が朗読した作品のテキストを、近日UPします。
ね、そんでいいでしょ。
はいはーい。
絵を描いたり
ものづくりに励んだりする。
歌も歌おうとしている。
普段はRC飛行機の製造を生業としながら、家に帰ったらネトゲしたり焼酎を呑んだりする、メガネ男子。
第5回詩のボクシング
大阪大会初出場ベスト4
第3回詩のボクシング
奈良大会ベスト8
第27回新風舎出版大賞ポエトリー部門最終選考に選出
高校生の時に私学美術展奨励賞受賞(油彩)
職業遍歴(バイト含む)
餃子の王将・英会話学校チラシ配り・甲子園球場内売り子・洗い場・劇団員・焼肉レストランウェイター・パチスロ店・訪問販売・工場員・卸売店販売員・メガネ屋・ラウンドワンスタッフ・模型会社製造部
今後は
ストリート(奈良~東大阪)
を中心にライブ活動の予定